行事・催し
11月11日 『小松原法難会』 
掲載日 2016年10月30日

 

生年四十、弘長元年辛酉、五月十二日には、伊豆の国、伊東の荘へ配流し、伊東八郎左衛門尉の預かりにて三箇年なり。同じき三年癸亥、二月二十二日赦免せらる。「如来現在猶多怨嫉 況滅度後」の法門なれば、日蓮この法門の故に、怨まれて死なんことは決定なり。今一度旧里へ下って、親しき人々をも見ばやと思いて、文永元年甲子十月三日に安房の国に下って三十余日なり…

                〜「波木井殿御書」〜

弘長3年(1263)2月、伊豆流罪を赦免された日蓮聖人は、

翌、文永元年(1264)10月、故郷安房で病にふせる母に会うために帰郷。再会を果たします。

その後、小松原(現千葉県鴨川市)で、聖人は以前から恨みをもっていた、念仏信者の東条景信の襲撃をうけます。

今年も十一月十一日、安房国東條の松原と申す大路にして申酉の時、数百人の念仏等にまちかけられ候て、日蓮は唯一人十人ばかり、ものゝ要にあうものは、わづかに三四人なり。いる矢はふる雨のごとし、うつ太刀は稲妻のごとし。弟子一人は当座にうちとられ二人は大事のてにて候。自身もきられ打たれ、結句にて候いし程に、いかが候けん、うちもらされていままでいきてはべり…

                  〜「南条兵七郎殿御書」〜

弟子の鏡忍房日暁と信者の工藤吉隆が殺され、聖人も額を斬られ、左手を骨折、重傷を負います。一方、斬りつけた東条景信も落馬し、逃亡、聖人は難をのがれました。

 

この日は、聖人の遺徳を偲んで読経会を営みます。

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