行事・催し
5月12日 午前6時30分より 『伊豆法難会』 於 本堂 
掲載日 2019年5月1日

“生年四十、弘長元年辛酉、五月十二日には、伊豆の国、伊東の荘へ配流し、伊東八郎左衛門尉の預かりにて三箇年なり”(「波木井殿御書」)

文応元(1260)年、松葉ヶ谷法難に遭い、故郷の安房国や上総国に遁れていた日蓮聖人は、翌年の弘長元(1261)年に鎌倉に戻られます。しかし、5月12日、執権北條長時とその父重時によって捕らえられ、伊豆・伊東に流罪となります。

“日蓮、去る五月十二日流罪の時、その津につきて候いしに、いまだ名をも、きゝおよびまいらせず候うところに、船よりあがり、くるしみ候いきところに、ねんごろにあたらせ給い候いし事は、いかなる宿習なるらん。過去に法華経の行者にて、わたらせ給えるが、今末法に、ふなもりの弥三郎と生まれかわりて、日蓮をあわれみ給うか”

                   (「船守弥三郎許御書」)  

捕らえられた聖人を乗せた船は、相模灘を横断し、伊東の近くの小さな「まないた岩」に降ろして、帰っていきました。有名な俎岩の故事はこの時のことで、聖人はその地の漁師船守弥三郎夫妻に救われたます。弘長3(1263)年、赦免となるまで、聖人はこの地でお過ごしになります。この日は聖人のご苦労を偲び報恩感謝の志を捧げます。

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