執事の雑感
お寺に育てられて (全文)
掲載日 2016年3月2日

私が今生活を共にしているのは六人。20年前、住職をするということで住み始めた時は一人でした。その寺は八王子の郊外に在り、ほとんど来る方もなく、人生で初めて独りの生活となりました。

私は十三歳で得度し形式的に仏門に入りました。実家は街なかの寺で、住職が父でありました。ただ、そこでの生活は寺であったと思います。随身といって、僧侶を志し仏教系の大学に通学しながら寄宿している者が常時数名いましたし、当時の国際情勢を反映していたのでしょうか、セイロン(その頃はそう呼んでいた現在のスリランカ)やベトナムから来た僧侶が一緒に暮らしていた時期もありました。

随身のお兄さんたちは寺から出掛けるときにはアイビールックなど当時流行っていたおしゃれをしていましたが、外国の僧侶の方々は日本人のようにではなく、常にお国の僧服を着ていました。また、近所の小さなお堂を任されていた祖父の弟子である尼さんが、毎日のように寺に来て幼い私たち兄弟姉妹をかわいがってくれ、一緒に行事の飾り付けなどのお手伝いをしました。その尼さんも常に衣を着ていました。

毎月決まった日の夜七時から信者さんたちのお参りがあり、夕食の前後から母が本堂でお茶やお菓子の支度をし、書斎には法話の準備で普段とは様子が違いピリピリと考え事をしている父の背中がありました。随身のお兄さんたちも時間になると、破風の下、賽銭箱の両脇にある柱に提灯を掛けて明かりを灯します。暗い境内を顔見知りの善男善女(お年寄りたち)がそぞろ集まってきます。

寺の生活で大切なことはお給仕である、と教わります。朝夕に勤行し茶湯や仏飯を供え、伏拝するわけです。しかし、寺に生まれるとあまりこれらのことを言葉で、あるいは理屈で教わることがありません。ある日、本堂の中で遊んでいた私が、住職が座る場所(礼盤)に乗ってしまうと、お兄さんたちから酷く叱られました。子供心に二度としてはいけないと感じました。父からは一度も言われたことはありません。むしろ序列というものを嫌っている感さえありました。しかし、朝昼夜の食卓は厳然と座る席が決まっていましたし、勝手に箸をつけることもできません。寺の約束事である「山規」は掲げられておらず、全てが伝統による雰囲気なのでしょう。しかしいただく食事の内容は、住職であろうが上下問わず同じものでした。これが私にとっての寺で、昭和50年代のことでした。

 

独りでの生活を始めてから間もなくして、同じ時間にお経をあげようと決めました。ただ起きればいいだけなのですが、それまで都心の大きなお寺で大勢の中の一員として勤めていたことに比べると、なんとも頼りがありません。新米住職として仏祖三宝への給仕、檀家祖霊への供養と思い精一杯続けました。初春、思わぬ援軍が現れました。「ホーホケキョ」と上手ではありませんが、お堂の外で声が聞こえます。毎日一緒に鳴いてくれ、次第に私より上手になってきました。

お経をあげていると内なるものに気付くこともありますが、外の気配に気持ちが向かうこともあります。お線香の香りやお燈明のゆらめき、そして陰影。そこには聖なるものが宿り、死者からの声を感じることもあります。寺は山林の中にあります。妻そして子供と林の住人は増えてきました。荒れていた林をどうにか里山(人が生活していく為に自然の恵みをいただく場所)に戻したいと思うようになりました。建物を建てる際の材、卒塔婆にも地場産の杉材を使い、骨壷まで杉で作るようになりました。

得度し僧侶の道を歩むことを「出家」とも呼ばれますが、実態は「在家」と同じです。しかし、寺に厄介になっている者は寺から何がしかを搾取してやろうするのではなく、奉仕をする者でなくてはなりません。「出家とは?」と尋ねられれば、そうした寺に在る者であり、寺をして「憩いの園」にしていこうとする者ではないでしょうか。坂口安吾は「寺があって、後に、坊主があるのではなく、坊主があって、寺があるのだ。」と『日本文化論私観』で述べていますが、私自身は寺によって育てられ、寺に来る人や居る人によって育てていただいたと感じています。

 

数年前に樹木葬墓地を始めたことで、より多くの方々にお寺に来ていただけるようになりました。その方々からお話しを聞くことで、ご自身・ご家族・近親者の死に多くの人が悩んでいることに気付きました。お釈迦さまは「一切はみな苦である」とおっしゃっています。だからこそ「涅槃は寂静である」と多くの方に思っていただける環境を作り、仕組みを作る。これが真の安心となるはずです。

何を信じてよいのか分かり難い社会であるからこそ、寺に在る者が本当のこと(諸法無我)を説き示し、すべてが繋がっていることに気付いていただかなければならないはずです。

(『在家仏教』誌2月号 「行雲流水」欄より転載)

コメント

メールアドレスは公開されませんのでご安心ください。
* が付いている欄は必須項目となります。必ずご記入をお願いします。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信」ボタンを押してください。

最近の記事