執事の雑感
お寺に育てられて
掲載日 2016年2月2日

私が今生活を共にしているのは6人。20年前、住職をするということで住み始めた時は1人でした。その寺は八王子の郊外に在り、ほとんど来る方もなく、人生で初めて独りの生活となりました。

私は13歳で得度し形式的に仏門に入りました。実家は街なかの寺で、住職が父でありました。ただ、そこでの生活は寺であったと思います。随身といって、僧侶を志し仏教系の大学に通学しながら寄宿している者が常時数名いましたし、当時の国際情勢を反映していたのでしょうか、セイロン(その頃はそう呼んでいた現在のスリランカ)やベトナムから来た僧侶が一緒に暮らしていた時期もありました。

随身のお兄さんたちは寺から出掛けるときにはアイビールックなど当時流行っていたおしゃれをしていましたが、外国の僧侶の方々は日本人のようにではなく、常にお国の僧服を着ていました。また、近所の小さなお堂を任されていた祖父の弟子である尼さんが、毎日のように寺に来て幼い私たち兄弟姉妹をかわいがってくれ、一緒に行事の飾り付けなどのお手伝いをしました。その尼さんも常に衣を着ていました。(ケチなようですが続きは『在家仏教』誌をお読みください)

(『在家仏教』3月号「行雲流水」欄より転載)

コメント
  • 冨士原秀二 2016年2月11日8:24 PM

    及川さんへ
     昨年、檀家にしていただいた冨士原です。
     ご存じかもしれませんが、今年の直木賞をとった青山文平さんの過去に松本清張賞をもらった「白樫の樹の下で」という小説を読んでいたかみさんが、「内藤新宿の浄圓寺の水茶屋にいる」という文章を見つけました。残念ながら、以降の展開ではなにも書かれていませんが、昔から名所だったのかなと感じています。なんとなく、うれしい話なのでお便りしました。
     どこにかいたらいいか、わからずここに書かせていただきました。お寺からのメールマガジン読ませていただいたいます。
    以上 これからもよろしく。

メールアドレスは公開されませんのでご安心ください。
* が付いている欄は必須項目となります。必ずご記入をお願いします。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信」ボタンを押してください。

最近の記事