執事の雑感
僧侶となった理由
掲載日 2018年3月15日

私が僧侶となった大きな理由は寺(※八王子本立寺)に生まれたことにあります。世間一般では寺の住職は世襲であり、もっと言えば「家業」のようになっている、と思っている方も多いようです。私の祖先の地は千葉県匝瑳市金原で、明治維新を迎える十数年前の安政元年に産まれた曽祖父が、生家近くの檀林(※僧侶になるための学校)に入学したことに始まります。明治になって日蓮宗の学制が変わり、曽祖父は東京高輪の大教院を明治10年に卒業し、京都の中教院で教鞭をとったようで、13年には丹後宮津の寺に赴任し、次いで23年には八王子本立寺に転任。更に、40年に新宿常圓寺、大正10年には千葉県松戸市にある本山本土寺へ、昭和2年には京都大本山本圀寺へと転勤が続きました。曽祖父には子供がいないので、その頃に新宿で修行をしていた祖父が見込まれて養子になりました。その祖父が昭和12年に本立寺の住職に就任したことにより、世襲と思われてもいたしかたない状態へとなります。

僧侶であっても「赤紙(召集令状)」が来ます。はじめは南方、二度目は甲府連隊で千葉県館山で塹壕を掘って終わったようです。八王子(昭和30年代に市町村合併する前)の市街地の90%は、8月2日のアメリカ軍による大空襲によって焼け、昼間でも陽が射さない程に樹木で鬱蒼としていた本立寺も全てを失い焼け野原、復員した祖父は復興に大変苦労したようです。このような「話し」のほとんどは両親、特に母から聞いてきました。寺での生活の中で、この「聞く」ということが、私が僧侶になった大きな理由であると思っています。

 

(八王子延壽院会報誌『延寿』356号より転載)

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