執事の雑感
春は別れ そして出会いのとき
掲載日 2018年3月30日

今年の桜の開花は早かったですね!お彼岸から咲き始めて、もうすっかり葉桜になろうとしています。

 

春は別れ、そして出会いのとき。常圓寺では若い僧侶が修行をしながら大学に通学をしていますが、その内の何人かは卒業を迎えるようです。それこそ江戸時代から修行僧がいた寺ですが、名簿が残っているのは私の祖父が昭和26年に住職をして以来の方々のみで、120人以上が常圓寺から巣立ち、その内の多くが海外や国内で寺の住職をし、今ではその方々のご子息が修行に来るようにもなりました。残念ながら既にお亡くなりになった方も16人ほどいらっしゃいます。

人間は「生まれ死ぬ」ということは平等ですが、どのような環境に育つのか、生きていく上での能力には凹凸があり、一つのことを憶えるなどして習得するにしても時間の掛かり方には違いがあります。当たり前のことなのですが、飲み込みの速さ、器用さなども色々で、結果としてどちらがよいかなどは判りません。それなのに、当人たちは誰しもが皆同じでないとおかしい、と悩むこともあります。

私は「ゆっくりやろう」でも「きっちりやろう」とながめています。どうぞお檀家さま方も、子どものように、孫のように見守ってください。4月から新しく二人の若者が寺に来ます。

(常圓寺『季報』89号「雑感」より転載)

 

当ブログ『執事の雑感』へは2004年12月から13年3ヶ月にわたって、執事長及川一晋が文章を書いてまりました(多い時には月に10本 それがこの数年はさぼってばかり)。この度、退職によって執筆者がかわります。継続していくつもりですので、引き続きのご愛読をよろしくお願いいたします。

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