執事の雑感
祈り
掲載日 2016年9月7日

8月は「祈り」の月です。今上天皇は録画で国民大衆へ、自らのお気持ちを、皇太子時代から今に至るまで、国民と共に平和を願い歩まれてきたことを「お言葉」として公表されました。6日と9日の原爆の日、そして終戦記念日の間のことでした。

私はあるお檀家の女性を老人施設に訪問しました。相談があると呼ばれたので、いろいろとお話をしなければならなかったのでしょうが、最も時間をかけたのは、その方の戦争体験とその後の生活をお聞きするということでした。「空襲警報 逃げる そして戻る 生活を出来る範囲で立て直す また空襲 一度ならず二度三度」「男は役に立たない おろおろするばかり」という言葉は印象的でした。「防空壕に入った人は皆死んだ」「焼夷弾が空から降ってくる時に鳴る音の方向に逃げれば助かる」という言葉には臨場感を感じました。疎開先での他所者扱いの辛さ、工場での仕事の合間の内職仕事で糊口を凌ぐ「手先が器用でよかった」には実感が籠もり、いろいろと話したいことはあったのでしょうが、その女性の原点に戦争体験があったことを少しは理解することができました。コツコツと貯めたお金でまずしたことの一つは、弾で砕けたお墓の建て直しであったそうです。その時その女性は母一人子一人の未婚の二十代。

毎年8月15日には『千鳥ヶ淵戦没者墓苑』にお参りすることにしています。今年は残念ながら家族とではなく私一人でした。すぐ近くの『靖国神社』とは全くその趣きは違い、いわゆる『無名戦士の墓』と言っていいのではないでしょうか。かつての戦地や占領地から収拾される名前も判らない方々の遺骨が収骨され続けています。

幸いにも日本には長く戦禍がありません。しかし、天災や人災は毎年のように起こっています。私たちが為すべきことは何でしょう。ひたすらに合掌に違いありません。多くの人々は「お言葉」からその祈りのお姿に、過去への反省・現在への責任・未来への希望を感じとり、「祈り」にこそ守られてきたことが実感できたのではないでしょうか。

(八王子延寿院『延寿』347号より転載)

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